地獄の画家卍イラストエッセイ水無

俳優として全国CMで主演を務め、入社した映像制作会社で「喋りが面白いから」となぜかYouTuberにさせられてうっかり1,000万回も見られてしまう。地獄のようなイラストを添えたエッセイを毎日公開中。書籍化したいので、皆さん応援してくださいね☆

灯油の供給が止まった町【地獄のイラストエッセイ】

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「雪やこんこ、あられやこんこ、降っては降ってはずんずん積る」
 この音楽を聞くと、少年期に我々がやらかしたある出来事を思い出す。

  大阪府の南端にある私の実家阪南市はそこまで暑いわけでもなくめちゃくちゃ寒いわけでもないごく普通の気候で、夏には生命の息吹を感じる日照りがあり、冬にはまれに雪が降った。
 二十五年前、私は七歳の少年で、毎日友人や幼馴染達と近所を駆け回っていた。晴れた日は外で遊び、雨の日は家でゲームに興じ、雪の日は積もるかもしれないと窓外の景色を眺めたり、あるいは気にせず外で遊びまわっていた。

 季節は冬になり、家々は暖房器具を稼働し始めた。我が家はごく普通の石油ストーブを使っており、その上では乾燥を防ぐためにヤカンが置かれ、蒸気を発していた。
 石油ストーブはリビングと祖母の部屋とで二台稼働していて、他の部屋に暖房器具はなかった。なので私は凍えながら布団に入り、目覚めると猛ダッシュで石油ストーブの前で暖を取り、動きだすためのエネルギーを充電するのが冬の朝の風景となっていた。

 令和二年の今では暖房器具も多様化し、エアコンや電気ストーブ、床暖房、セントラルヒーティングなどが主流となり、管理の面倒な石油ストーブを使う家は昔よりも少なくなっているが、当時はほとんどの家で石油ストーブが使われており、冬になるとよく灯油の巡回販売車が回ってきた。
「灯油十八リットル七百七十円~」と今では考えられないような安い値段で雪やこんこの音楽と共に販売車が来ると、タンクを抱えて家を飛び出してくる近所のおばちゃんをよく見かけたものだ。

 だが灯油の巡回販売を心待ちにしていたのはおばちゃんだけではなかった。私と幼馴染の女の子達は、雪やこんこが聞こえると遊びを中断し、一目散に車の元へと駆け寄ってこう言うのだ。
「シールちょうだい!」

 そう、この灯油屋さんは灯油を買うとサンタのオリジナルシールをくれるのだが、我々はそんな事など知らずに無料でシールをくれる車なのだと思い込んでおり、わらわらと虫のようにたかっては運転手のお兄さんを困らせた。
 最初は笑顔でシールをくれていたお兄さんだったが、道を通るたびに我々がクレクレとたかるので、やがてシールをくれなくなり、そしていつしか我々の住む地域だけ迂回するようになってしまった。近所のおばちゃんはその事で困り、どうしてかしらと嘆いていた。
 おばちゃんの嘆きを見た我々はそのことで傷つき、どうして雪やこんこがこの辺りに来なくなったのかと運転手のお兄さんを恨んだが、いつかそのうちまた来るようになるだろうと思っていた。自分達のせいだと気付くにはまだ幼すぎたのだ。

 だがある日、我々が家の前でボール遊びをしていると、嘆きのおばちゃんが声を掛けてきた。
「あんね、雪やこんこの会社に電話してなんで最近この辺来ーへんようになったか聞いてみたら、子ども達がシールちょうだいって集まってきて大変やから来ーへんようになったって言っててん。それ、自分らと違う?」

 衝撃の内容だった。大人のお兄さんと仲良くなれたと思っていたのに、その行動が逆に彼を遠ざけていたのだ。
 我々はそれを聞いて大泣きした。シールがもう貰えないことを悲しんだのではなく、自分達はお兄さんを困らせ、おばちゃんをも困らせていたことに初めて気が付いたのだ。

 我々はおばちゃんに謝り、どうすればいいのか訊ねた。するとおばちゃんは我々の頭をポンポンと叩いてこう言った。
「今度遠くの方で雪やこんこが聞こえたら、行って謝っておいで」

 その日から、我々は聞き耳を立てて外で遊ぶようになった。ある時は生協や牛乳の巡回販売の音を聞いては反応し、またある夜は屋台ラーメン大統領の音を聞いては外に出ようとした。
 そうして過ごすことおよそ一週間、ついに我々が家の前で遊んでいる時に遠くの方からあの音楽が聞こえてきた。
「来た! 三丁目の方や!」
 我々は遊んでいたボールを投げ出し、音のする方へと駆け出した。角を左に曲がり、次を右に曲がると徐々にあの音楽が大きくなってきた。そしてもう一つの角を曲がると、懐かしい大きな巡回販売車が姿を現した。
「待って!」
 私はそう叫んだが、車は停まろうとはしなかった。だが隣を走る幼馴染が「お兄さん! ごめんなさい!」と叫ぶと、少しして車が停止した。
 我々が追いつき、息を整えているとウインドウが開き、いつもの茶髪のお兄さんが顔を見せた。
「どうしたん?」
 ちょっと面倒そうで、そして不思議そうな顔をしている。謝るのは勇気がいったが、呼吸を整えると私は言った。

「前はシールちょうだいって言ってごめんなさい。もう言わないので、またうちの方にも来てください。おばちゃんが困ってます」

 私がそう言うと、少し間を置いてから音楽が止まり、車のドアが開くガチャっという音と共にお兄さんが下りてきた。ねずみ色の作業服を着ていて、少しタバコのにおいがした。
「もうええよ。会社に帰ったら自分らのこと話して、またそっちも回っていいように頼んでみるわ」
 お兄さんは腰をかがめてそう言うと、おばちゃんと同じように頭をポンポンとしてニカっと笑った。そして車の中に手を伸ばして何かを掴むと、それを我々の方へと差し出した。
「ちゃんと言えたから、これ仲直りのしるしな」
 手渡されたのは、見慣れたサンタのシールだった。我々は表情をパァっと明るくさせて「ありがとう!」と言った。
「今回だけやで! ほんまは買ってくれた人にあげるやつやからな~! じゃあまたな」
 お兄さんはそう言うと車に戻り、また雪やこんこを流して車を走らせた。我々はその後ろ姿とシールをかわるがわる見て、謝れたことをみんなで喜んだ。おばちゃんにその事を報告すると、偉かったねとお菓子をくれた。

 今は騒音問題などで巡回販売車が音を鳴らすことは珍しくなってしまったが、雪やこんこの音楽を聞くとあの時の記憶が鮮明に甦る。そしてあのお兄さんのような優しい大人になりたいと、私は今でもそう思う。

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