地獄の画家卍イラストエッセイ水無

俳優として全国CMで主演を務め、入社した映像制作会社で「喋りが面白いから」となぜかYouTuberにさせられてうっかり1,000万回も見られてしまう。地獄のようなイラストを添えたエッセイを毎日公開中。書籍化したいので、皆さん応援してくださいね☆

留守電で大恥をかく我が家【水無のイラストエッセイ】

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 私が中学二年の時、電話機が壊れた。それまで使っていたのは黒電話までいかずともかなり古めかしい遺物で、かけられた手製のカバーと同じくらいくたびれていた。
 我が家では絶対に必要なものが壊れるか、よほど切迫した状況にならない限り新しい家電を買うことなど皆無に等しかったので、古い電話機に特に何の愛着もなかった私は壊れたと聞いて大いに喜んだ。

  我が家はほとんどの大阪の家庭の例に漏れず、こういった製品の購入はおかんが全権を握っており、とっつぁんには口を挟む余地などなかった。おかんと私、そして姉二人の計四人は家電屋でもぎ取ってきた各社のパンフレットを食卓に広げ、どの製品がいいかを議論した。

 ハイテク商品にはあまり興味のないおかんは、カタログの中から『簡単操作で最低限の機能! とにかく安い!』みたいなことが書かれた恰好の悪いブツに目を留めていたが、数十年に一度しか新調しない電話機がこんな最低限の機能しか持たないブツでいいはずがない。四年に一度のオリンピックだってあれほど盛大に盛り上がるのだ。その何倍も活躍する電話機は絶対にスタイリッシュでなくてはならない。
 贅沢をしないおかんに主導権を渡してしまってはこの安っぽい電話機が向こう数十年我が家のダイニングに鎮座することになってしまう。我々は渋るおかんに最新テクノロジーの有用性と素晴らしさを説き、オシャレで多機能な物を購入させることに成功した。

 その週末、我が家が一歩ハイテク化した。電話機にはナンバーディスプレイがついており、留守電や電話帳まで備えているという、ただ電話を掛けることしかできなかった前任者と比べて衝撃的な進化だった。
 そして肝心の購入を渋っていたおかんだが、説明書を読み進めていると次第に目の輝きを増し、こんなにも便利なのかと騒ぎ始めた。
「近所の人たちの電話番号登録しといたらすぐに電話できるやん! あんた登録して! ファックスもこんな簡単に用紙交換できるんやな! いいのに換えてよかったな~」
 彼女は搭載された全ての機能に感動し、全ての初期設定を私に命じた。

 そして説明書を読みながら設定をしていると、ふと一つの機能に目を留めた。
『これはひとネタ生まれるぞ』と、私はいかにも大阪人らしい発想でほくそ笑み、姉やおかんを電話機の元へと召喚した。ちなみに姉二人はすでに電話機に興味をなくしてリビングでテレビを見ていた。そういう女なのだ。

 女性陣を集めた私は意気揚々と説明書を提示する。
「見てこれ。留守電のメッセージを自分で録音できるんやって。ちょっとやってみ―へん?」
 その言葉に興味を示した彼女たちは、私が操作する電話機を黙って見つめた。そして私が「誰かやってみる?」と聞くと、ハイテクに興味を持ち始めたおかんが名乗りを上げた。私はピーッと鳴ったら音声を吹き込むよう指示をし、録音開始ボタンを押した。ピーッ
「これもうええのん? えー水無です。ただ今留守にしておりますので、ご用のある方はメッセージをお願いします。はいッ」
 最初と最後に不要なものが入っていたものの、大真面目に録音に取り組むおかんが可愛かったので、我々は笑いをこらえて音声が再生されるのを待った。すると再生しますとの機会音声の後におかんの声が流れた。
『これもうええのん? えー水無です。ただ今留守にしておりますので、ご用のある方はメッセージをお願いします。はいッ』こちらでよろしいでしょうか?
 よろしいわけがない。我々はゲラゲラと笑い、姉二人も美声バージョンやらアナウンサー風バージョンなど思い思いの留守電を吹き込んでは大喜びしていた。

 最後に私の番がやって来た。お笑いでいうとこれはトリだ。決してスベってはいけない。私は心を落ち着け、大きく息を吸うと録音を開始した。
「あーもしもし? 水無ですけどねぇ今はあきまへん、タイミング最悪でんがな! また後でコールバック頼んます! けどもしどうしても言いたいことがあるっちゅう人はピーッておならの音が聞こえたらなんか言うてや! ほなさいなら!」
 録音が終わると私と女三人は大爆笑し、ヒィヒィと笑い転げた。そして録音した私のだみ声が流れると、今度は食卓をバンバンと叩きながら呼吸困難になるほど笑った。中学生の私はともかく、二十代華盛りの乙女二人と五十代の女がこんなにもくだらないことで笑い転げているのは地獄絵図である。絶対に他人に見られてはいけない。

 ひとしきり笑い終わった後で、私が「一度本当に設定して、姉の携帯電話からかけてこの留守電を実際に聞いてみたい」と提案したところ全員からゴーサインが出たので私は設定し、姉が電話を掛けた。すると一定のコール音の後に先ほどのだみ声が流れ、私たちは再び混沌の笑いの渦へと堕ちていった。

 その後おかんは「あんたさっきの消して普通のにしといてや」と言い残してどこかへ行き、姉たちも自室へと戻って行った。私はハイハイと返事をして、やりかけだった電話帳の登録を先に済ませた。そしてこの判断が悪夢を生むことになった。

 もうお分かりだと思うが、私は設定を戻し忘れた。電話機は私の汚い音声を内包したまま息を潜め、夜になり、そして朝を迎えた。

 その日は日曜日でみな思い思いの場所に出かけており、夕方まで帰ってこなかった。そして地獄への扉、留守電ランプの点灯を最初に発見したのは幸か不幸か私だった。
『電話機を換えてさっそく留守電が吹き込まれているぞ』と私は浮足立って再生ボタンを押すと、そこには驚愕の内容が残されていた。

『あの……今すごい留守電メッセージが流れたのですが、大丈夫でしょうか……? またお電話します……』

 私は戦慄した。そしてこの時ようやく、留守電がまだあのだみ声のままになっていることに気が付いたのだ。私はとっさに周りを見たが誰もいない。事実を知っているのはこの近所のおばちゃんだけだ。隠蔽するなら今しかない。私は即座にその家に電話をかけ、先ほどの音声は間違いであり、絶対におかんには言わないよう釘を刺した。
 電話を切ると、私は爆発しそうな心臓の音を抑えながらすぐに留守電の設定を初期に戻した。これで私のミスが露呈することはない。

 しかし翌日、学校から帰宅した私はおかんから大目玉を食らった。なんとあの留守電を聞いていた人がもう一人いたのだ。そのおばちゃんは留守電を入れずに切ったため、私が気付くための証拠が残っていなかったのだ。そしておばちゃんがおかんに昨日の留守電がめちゃくちゃ面白かったことをベラベラと喋ったので、おかんは血相を変えて家に帰り、現状を確認するまで電話線を抜いて私の帰りを待ち構えていたのだ。

 あれほど笑ったのは久々だったが、あれほど戦慄したのは生まれて初めてだったかもしれない。
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