地獄の画家卍イラストエッセイ水無

俳優として全国CMで主演を務め、入社した映像制作会社で「喋りが面白いから」となぜかYouTuberにさせられてうっかり1,000万回も見られてしまう。地獄のようなイラストを添えたエッセイを毎日公開中。書籍化したいので、皆さん応援してくださいね☆

ワーホリ体験記八~恐怖の神隠しバスに遭う~【水無のイラストエッセイ】

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 心霊現象など気の迷いであり、弱気な心が作り出す幻にすぎないと、私はそう思って生きてきた。そう、あの日までは……。

  もういくらかすれば陽が沈んで町が暗くなり始めるだろうという時間に、私は台湾人の友人宅を訪れるため、ロイヤルヨークの駅で電車を降りるとバス停へと向かった。
 たいていのバスはこの時間になると帰宅する人々がチラホラといるのだが、この日はバス停には誰もおらず、ほどなくしてやって来たバスも私だけを乗せて走り出した。
 バスを独占している今ならと、一番後ろの席に座った私はカナダ人がたまにやっているように、ケータイから音楽を流して楽しんでいた。運転手に聞こえない程度のボリュームに絞っていたのは私が陽気な外国人ではなく、根っからの日本人だからだ。

 彼の家を訊ねるのは初めてで、私は“ミミコストリート”という変わった名前の停留所で降りてくれと聞かされていた。バスには十分ほど揺られる必要があるとのことだった。
 始めのうちは独占した車内で悠々と過ごしていたのだが、途中から違和感を覚えだした。
 仕事を終えた人、外出を終えて帰宅する人が多いこの夕暮れの時間帯にもかかわらず、誰一人としてこのバスに乗り込んでこないのだ。そしてもう一つおかしなことがあった。最初は間違いかと思って特に気にしていなかったのだが、バスは『Next stop 〇〇』という女性の録音アナウンスが鳴ると、律儀に全ての停留所で停車しては『ピーッ』と音を立ててドアを開けていたのだ。通常、バスが停車するのは乗客が降車ベルを鳴らした時か、停留所に人がいた時のどちらかだ。だがこのバスはそのどちらでもない、停まる必要のない停留所で都度停車し、扉を開いていたのだ。

 私は全身が凍るような思いに駆られた。鳴らしていたケータイの音楽を止め、周りをゆっくりと見回してみた。何の変哲もない、ただのバスだ。外も田舎道のせいか人の気配こそないが、よくあるトロントの町並みだ。ただ、このバスの挙動だけが不自然なのだ。

 そして私の気付きをきっかけに、次々と不可思議なことが起こり始めた。停留所でもなんでもない場所でバスが急に停車し、運転手の男が車を降りた。私は犯罪に巻き込まれるのではないかと思い、有事の際は扉を蹴破って逃げられるよう、男に悟られないようかがんで扉付近まで移動し、男の行く先を目で追った。すると男はバスのすぐ脇で誰かと話をしていた。私はその様子を見て戦慄した。男が話していた相手は、どこにも存在しなかったのだ。男はしきりに何か話していたが、その言葉は彼の眼前にある何もない空間に放たれては消えていった。身振り手振りをしながら、一人で何かを話しているのだ。
 私はこの隙に降りた方がいいかと迷ったが、身の安全よりも今自分が何に巻き込まれているのか最後まで見届けたいという好奇心が勝ってしまい、扉付近の席に腰かけた。
 やがて男は何事もなかったかのように運転席に戻り、バスを再び出発させた。そして二、三分ほど走ると再びバスを降り、何もない空間と話をしてはまた何事もなかったかのように席に戻って運転を再開した。

 次に起きた不思議な出来事は、思わず私を跳ね上がらせた。私は『Next stop ミミコストリート』とアナウンスされることに全神経を集中させていた時のことだ。陽が沈んでだいぶ暗くなってきた車内に突然、降車ボタンが押された音が鳴り響いたのだ。
『誰が押した?』周囲を見渡したが、もちろん私の他は誰もいるはずがない。心臓が飛び出しそうなほど激しく鼓動する。何かが起きるなら、次の停留所だ。私はいつでも駆け出せるよう身を低く保ち、バスが停車するのを待った。そして数秒後にバスが停留所で停車した。私は息を潜めて物事が動き出す様子を探った。だが、何も起きない。誰も乗らないし、誰も降りない。運転手だって動きを見せない。外はすっかりと暗くなり、黄色い街灯が暗闇の中でポツポツと灯っていた。
 やがてバスの扉が閉まり、何事もなく動きだした。
 私はあまりの緊張で吐き気を催していた。やはりこんなバスに乗り続けるべきではなかったのだ。後悔が頭の中をグルグルと回りだし「早く着け早くミミコストリートに着け」と念仏を唱えた。

 そうして次の停留所のアナウンスが聞こえた時、私は混乱の渦の中に落ちた。

『Next stop ロイヤルヨークステーション』

 バスは見覚えのある風景の中へと進んでいき、やがて元来た駅へと戻った。バスが停車して扉が開いた瞬間、バスの中に滞留していた空気が一気に解き放たれた不思議な感覚を覚えた。
 そして同時に多くの人々が乗り込んできて、座席はすぐに埋まった。
「帰って……きた……?」
 私はすぐにでもバスを降りたかったが、疲労困憊で立ち上がる力すら残っていなかった。

 バスは先ほどとは違って必要がなければ停まらなかったし、必要がある時は停まって人々を乗降させた。
 そして先ほどは呼ばれなかったミミコストリートのアナウンスが鳴り、私はやっとの思いで降車ボタンを押してバスを降りた。
 私はその場に立ち尽くし、降りたバスの後ろ姿が見えなくなるまでずっと動かなかった。
 バスが暗闇の向こう側に消え、呼吸が落ち着くと、両手がブルブルと震えていることに気が付き、人目につかないよう教えられた地図を頼りに友人宅へと向かった。友人に話をしてもイマイチ的を得ないようで、翌日学校の教師ブラッドに話をしたところ「めちゃくちゃ面白い話だもっと詳しく聞かせてくれ」と興味津々だったが、話は彼の好奇心を煽るだけで何の解決にもならなかった。

 運転手が薬中でラリっていたのだとしても、人が誰も乗ってこなかったのは説明がつかないのだ。神隠しに遭う寸前だったのではないかとも考えたが、キツネの像や神社の無い外国でも神隠しはあるのだろうか。
 もっともシンプルな推理は“私がラリっていた”だと思うが、私は精神が崩壊していたわけでもクスリをキメていたわけでもない。今思い出しても、あの体験が何だったのかは分からない。詳しい人がいれば教えてほしい。
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