地獄の画家卍イラストエッセイ水無

俳優として全国CMで主演を務め、入社した映像制作会社で「喋りが面白いから」となぜかYouTuberにさせられてうっかり1,000万回も見られてしまう。地獄のようなイラストを添えたエッセイを毎日公開中。書籍化したいので、皆さん応援してくださいね☆

ワーホリ体験記四~通用しない日本人の常識~【水無のイラストエッセイ】

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 トロントの中心地にある『コーナーストーン・アカデミックカレッジ』の門を叩いた私は、案内に従ってカフェスペースで待機していると、校長のよく分からない話の後にクラス振り分けの筆記試験が始まった。二カ月勉強したとはいえ所詮は独学。中学の試験と違って問題文も全て英語なので、まず何を問われているのかさえ分からない問題がほとんどだった。

 「終わった……」
 開始から三十分後に私はそう呟いたが、もちろん回答を全て書き終えたという意味ではない。いわゆる『水無くん終了のお知らせ』だ。笑えるくらい書けなかったのだ。私がこの世の終わりだと絶望していると、案内の教師が死体蹴りのようなことを英語で言い出した。
「これからマンツーマンで面談すっから」
 なんとなくそんなことが聞こえたような気がしてオロオロしていると、後ろの方で日本語が聞こえてきた。「面談だってさ」
 やはり聞き間違いではなかったのだ。会話など出来るはずがない。私は自慢じゃないが中高のリスニングテストの成績は最低レベルだったのだ。

 そういえば、と私はカフェスペースで待機する入学生徒を見渡してみた。生徒の国籍はブラジルだかメキシコっぽい人が四割、日本人が三割、韓国人が二割、あとはよく分からない人達が一割ほどといったところだった。
『日本人がいる!』
 私はこんなにも遠く離れた外国に日本人がいることに驚いた。もっと近場にも留学先はあるのに、どうしてこんな寒くて遠い国を選んだのだろう。私は早くも自分が日本人であることを忘れて疑問を呈した。気持ちだけはすっかりカナダ人である。

 名前を呼ばれたので奥に進むと、面談相手は優しそうな白髪の老婆だった。一通り挨拶が終わると、彼女は「なんで英語を勉強したいの?」と言った。とてもゆっくりで聞き取りやすかった。
「英語の歌を歌うので、発音がよくなりたいんです」
 私はそんなことを言った。すると彼女はニッコリとして、家族構成や趣味などを聞いてきた。私は何度か聞き返しながらも質問に答え、面談を終えた。
『これ意外と高得点なんじゃ……?』
 私は確かな手ごたえを感じていた。聞かれたことは全て理解出来たし、なんとか答えて彼女をニッコリさせられた。手応え抜群である。

 門をくぐってからおよそ三時間後、初日のカリキュラムは終了した。翌日登校すると壁にクラス分けの紙が貼ってあるとのことだったので、私は結果を楽しみにしながら翌朝を迎えた。

 授業は平日毎日五時間ほどで、クラスはレベル二から八までの七段階(レベル一は無い)に振り分けられるとのことだ。二カ月前までは英語の“え”の字さえ分からなかった私だが、昨日の面談の結果は自信ありだ。リスニングは難しかったが、英語のバンドをしていたので発音は他の日本人よりイケてるはずだと多少の自信があったのだ。なにより私は生粋のカナダ人教師ときちんと会話を成立させられたことに大いに自信を持ち『いきなりレベル五なんかに振り分けられた日には、日本の友人や家族に自慢しまくってやろう』とニヤニヤしながら二日目の門をくぐった。

『水無のクラスはレベルニ』

 壁に張られたクラス分けを見て、私は顎が外れそうになった。一番下のクラス? この私が?
 カナダ入国後二日間は自信など皆無でビクビク過ごしていたくせに、面談で手応えを感じたことで私は急に天狗になっていた。それを愚かに思った神はこのみっともない天狗の鼻をポッキリとお折りになったのだ。ジーザス・クライスト。
 私の通学期間は三カ月で、学校の自動進級は二カ月に一度なので、このままではレベル三止まり。あまり英語力がつかないかもしれない……。私は焦燥感に駆られていた。

 教室に入ると一人一人自己紹介をした。教師の名前はコリー・エルモアという若い男性で「自分の名前は日本じゃティッシュペーパーだ」と陽気なギャグをかましてきた。これがいわゆるアメリカンジョークならぬカナディアンジョークなのかもしれない。

 多くの人は「何言ってんだこいつ」と思うかもしれないが、私はこの学校生活で一つ強烈に驚いたことがある。
 英語のことなど何も分からない私みたいな人間が通うのだから、当然テキストは日本語なのだと思っていたのだが、恐るべきことに渡されたテキストは全て横文字の、何が書かれているのかまったく分からない代物だった。
 問題文が母国語で、回答欄が英語になっているという中学のテストのようなものを想像していた私は、隕石が頭にぶつかってきたくらいの衝撃を受けた。こんな英語だけのテキスト、理解出来るわけないではないか……。

 さらに日本人の常識が通用しない出来事まで起こり、私は授業開始初日からもう何も信じられなくなってしまった。
 それは自分のプロフィールカードを相手と交換して、クラス全員と会話をしようという最初の授業だったのだが、私が話したブラジル人の名前が問題だった。
『Albert』みなさんはこの名前をなんと読むだろうか。どこからどう見ても『アルベルト』または『アルバート』以外読めないと思うのだが、違うのだ。

 渡されたプロフィールカードを見て私が「Hi アルベルト, nice to meet you!」と軽快に言い放つと、彼は首を横に振るではないか。
「ぬ?」
 私は何が違うのか分からず何事かと聞くと、彼は本当に英語が話せないようで苦笑いをしていたのだが、不意に一言こう言ったのだ。
「オゥベフトゥ」
「ぬ?」
 聞いたことのない単語である。私は自分の知らない英単語がブラジル人の口から発せられたことでパニックになってアタフタしていると、彼は私の持つ自分のプロフィールカードの名前の部分を指差して再び言った。
「オゥベフトゥ」
 ガーーン再び隕石衝突である。この綴りでアルベルトだかアルバートじゃないなんて、常識が完全に覆された気分だ。この時の私なら「犬ってじつは霊長類なんだって」と言われても「へぇそれは知らなかったなァ」などと言っていただろう。それほどまでにカルチャーショックを受けたのだ。

 二日目にしてこんなにも様々なショックを受けて、私はこの先やっていけるのだろうか。私は早くも自分の身を案じ始めた。
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