地獄の画家卍イラストエッセイ水無

俳優として全国CMで主演を務め、入社した映像制作会社で「喋りが面白いから」となぜかYouTuberにさせられてうっかり1,000万回も見られてしまう。地獄のようなイラストを添えたエッセイを毎日公開中。書籍化したいので、皆さん応援してくださいね☆

怪しい煙の治療法【水無のイラストエッセイ】

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 うちのおかんは、見るからに怪しげな線香をヘンテコな器具に差し込んで焚いた煙を体に当てる『テルミー』という治療方法を狂信している。

 その昔、うちのおかんの膝に溜まった水がいろんな病院に行ってもきちんと抜けず、知り合いから伝え聞いたのがこのテルミーなのだが、どうにもこうにも胡散臭い。彼女によると煙を当てるだけで膝の水が抜けて新陳代謝も良くなり、自律神経が整い、消炎、殺菌、鎮痛、解熱、造血などの効果が得られ、さらには肩こりや痺れ、冷え性まで改善されて月経障害や蕁麻疹まで治ると言うのだ。

 そんな現代人が求める万能薬のようなものが存在するなどにわかに信じられないではないか。新陳代謝冷え性など、私が長年困っているものがそんなたかが煙を当てたぐらいで治るはずがない。私はおかんが新手のマルチ商法だかネズミ講にでも引っ掛かっているのではないかと思い進言してみたのだが、彼女はカンカンに怒って「これは西洋医学東洋医学が融合して生まれた漢方治療で、本ッ当に効くんやからあんたもやってみ!」と、詐欺に騙されている人間がよく言いそうな言葉を口にして私はますます不安になって色々調べたが、効果の疑いはさておき、どうやらそういった怪しい類いの物ではないと分かったので、ひとまず彼女が愛用することについての言及は控えることにした。

 彼女はせっせと月に何回か高い金を払ってテルミーの施術を受けにどこか遠くの町に出かけていき、じつに晴れ晴れとした表情でいつも帰ってきた。私はそんな彼女の狂信するテルミーというものをイマイチ信じられないまま時が過ぎたのだが、我が家で起きたある事件がきっかけで少し興味を持った。

 姉が嫁入り直前に原付で転んで膝をぱっくり割ってしまい、これじゃドレスを着てお嫁に行けないとリビングの隅でシクシク泣いていると、出ました例の怪線香。テルミーを持ったおかんが姉の患部に煙を当て始めた。姉もきっと半信半疑だったに違いないが、今や彼女は藁にもすがる思い。煙がとにかく痛い痛いと泣きながら患部に煙が当たる様を見ていた。おかんだけが一人「痛い? 痛いのは効いてる証拠! ホラ見て線香が尖ってきてる! こりゃ効いてるわ!」と周りとの温度差を確実に広げつつあった。
 するとどうだ、彼女の傷は徐々に良くなり、無事白いドレスに身を包んで嫁いで行った。
 そんなに痛いのなら本当に効くのかもしれないと、『良薬口に苦し』という言葉を信じる私はいつか自分もトラブルを抱えた時は試してみてもいいかもしれないと思ったが、実家を出てからは怪我の治療でわざわざ訪れることもなく、もうテルミーとは何の縁もない人生になるのかと思っていた矢先、ついにその時はやって来た。

 去年の暮れに大阪へ帰省していたのだが、到着した次の日に喉に違和感を覚えた。
「この感覚は……扁桃腺が腫れようとしている!」
 実家にいた時は散々苦しめられた扁桃炎。この数年で低すぎた平熱を上げることに成功した私は扁桃腺を腫らしたことなどほぼなかったのだが、久し振りにあの恐怖の足音が聞こえてきたのだ。このままでは私の至福の帰省が台無しになってしまう。

 私は大急ぎでイソジンを含ませたうがい薬を大量に作り、吐き気がするほどうがいをした。私の扁桃炎は火事と同じで、とにかく初期消化が重要なのだ。舐めた態度でヘラヘラしていると、奴らは一気に攻めてくる。
 葛根湯を飲むと暖かいパジャマに着替え、布団の中から買い物に行っているおかんに電話をした。
「たった今扁桃炎の予兆を感じたから寝ることにした。栄養ドリンクとゼリーを買ってきてほしい」
「え! また扁桃腺? この暮れの忙しい時期にあんたはもォ……」
 おかんは久々に帰ってきた息子が得意の扁桃腺大暴走を勃発させたことに関して、かつての日々を懐かしむ様子などは一切見せず、大変面倒なことが起きたと嘆いていた。以前『風邪に支配された人生』でも書いたが、私の扁桃炎のしつこさは我が家でも折り紙付きで、ちょっとやそっとでは治らないことで有名なのだ。だいたい良くなるまで五日か六日はかかる。

 朝起きると、私の体調は次なるステージへと移行していた。寒気で身体が震える。かなりの高熱だ。さらに身体の節々が痛い。今日の昼には姉が二歳の双子の甥っ子を連れてくるので、もしインフルエンザだったら移してはいけないと、私は幼少期から通う医者へ行ってインフルエンザの検査をした。
 すると結果は陰性で、それならこっちはどうだと喉も見てもらうとやはり扁桃炎で当たり。どうだ見たことか、私は扁桃炎に関しては自信があるのだ。

 陰性だったことを伝えると、もしもの時の為に私を隔離する準備を秘かに進めていたおかんはホッとした様子で「じゃああんた、テルミーやってみたら」と言った。
 私は「ついにこの時が来たか!」と一瞬胸が躍ったが、頑固な扁桃炎が煙を当てるだけで良くなるとは思えない。いざ機会を前にすると、かつての疑念がまた沸々と湧いてきたのだ。

 しかしそんな私の心中など気に留めない彼女は特殊な器具に変なにおいのする線香をブスブスと五本も刺してコンロで炙り、私の喉元に持ってきた。するとモクモクと変なにおいのする煙が出始め、なにやら私の喉の方へと集約されていくではないか。
「あっ! 煙が喉の中に入ってく! これは悪い証拠やわ! しっかり持って当てとくんやで!」
 おかんは嬉々として煙の行く先を見つめ、テルミーの性質について熱弁した。さらには「大きく煙を吸ってみろ」と言うのでそうしてみると、経験したことのない激痛が走った。私はピカソの人物画か笑ゥせぇるすまんでドーンをされた男がギニィヤァアアと叫ぶ瞬間のように顔を歪ませ、むせ返った。だがおかんからするとそれがなにより効いている証拠だそうで、耐えろと言い残しておせち料理の準備に戻っていった。
 私は喉はもちろん目にも入って痛いし、さらに臭いし熱いしと早くも嫌になりかけていたが、鏡の前に移動して煙が喉から外れないようボーっとつっ立っていた。
 持ちっぱなしで手が痛くなってきた頃にちょうど線香が終わったのでおかんに報告に行くと「もう一回やっとき」と再び長い線香が追加されたので、また私は鏡の前で灰を捨てながら長時間煙を当て続けた。

 するとどうだ、早くて五日はかかる私の扁桃炎だが、翌日には回復に向かい始めているではないか。こうも効力があってはさすがに私もテルミーの魔力について認めざるを得ない。私は起き出すとおかんや姉、二歳の甥っ子たちにテルミーの素晴らしさを説き、順調に完治への一途を辿った。

 だが一つ問題が起きた。扁桃炎は治ったが、私は喉を火傷した。おかんに患部を見せると「あらァこれは煙の当てすぎやねぇ。あんたちょっとやりすぎたんとちゃう?」などと昨日の自分の発言の責任を弾道ミサイルでぶっ飛ばすレベルで放棄し、そんな些末なことは忘れろと言わんばかりに扁桃炎が治ったことを喜ぶよう私に強要してきた。

 長年疑ってきたテルミーだが、正しく使えば素晴らしいことが分かった。だが長年使っているおかんが火傷を引き起こしたことで、今度は正しい使い方とはいったい何なのかを疑うようになってしまった。

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