地獄の画家卍イラストエッセイ水無

俳優として全国CMで主演を務め、入社した映像制作会社で「喋りが面白いから」となぜかYouTuberにさせられてうっかり1,000万回も見られてしまう。地獄のようなイラストを添えたエッセイを毎日公開中。書籍化したいので、皆さん応援してくださいね☆

リップクリーム中毒者だった日々【水無のイラストエッセイ】

f:id:Essay_Miznashi:20201029101133j:plain

読み終わった後はぜひブックマークボタンを押して応援お願いします(‘∀‘)

 ナイフ、ライター、ビニール袋……。無人島に一つ持って行けるなら何を選ぶかということを、誰しも一度は考えたことがあるのではないだろうか。

  例に漏れず私も重度の厨二病を患っていた当時、そういった妄想の大連発は日常茶飯事だった。
 しかし私はそんじょそこらの厨二病感染者とは一線を画していた。周りの感染者が無人島に持って行くならやれクリムゾンソードだワルサーP38だと、実際持ってもいない武器や何かカッコいい物を選定するなか、私の答えは“リップクリーム”一択だった。
「俺はリップクリームかな」と言うと周りは「カッコよくないしそんな物を持って行っても生き残れないから、武器とかせめてもっと役立つ物にした方がいい」と私のリップクリームを真っ向から否定したが、分かりやすく言うと中高生の頃の私にとってのリップクリームとは、生と死を繋ぐレゼンデートルの最終審判だったのだ。(ちょっとよく分からないが)

 何が言いたいかと言うと、当時の私はリップクリームがないと生きていけない身体だった。いつそうなってしまったのかは明確に覚えていないが、中学に入る頃にはすでにリップクリームは我が半身とも呼ぶべき存在となっていた。カサカサなわけでもなくどちらかと言うとプルンとした唇だったのだが、最低でも数十分に一回はリップクリームを塗らないと唇がムズムズしてきて、いてもたってもいられなくなるのだ。今思い返すと、あれはけっこう重度の中毒症状を起こしていたのではないだろうか。ハマったのが酒やドラッグでないぶんマシだが、完全に依存症になっていた。
 ちなみに私はウォーターリップのような軟弱な物は塗ってもまったくムズムズは治まらず、男らしい緑の物しか受け付けなかった。

 教室での授業中は常にポケットに入っているので都度出せばいいだけなので何の問題もないのだが、問題は体育やバレー部の練習だ。体育の時間中ずっと我慢しろと言うのは魚に陸上で五分生活してみろと言っているのとほとんど同じことなので生物学的にありえないことだ。なので私はズボンのポケットにリップクリームを潜ませるか、激しい動きのスポーツの時はその辺に置いて授業を受けた。
 バレー部の練習ではポケットに入れておくと飛び込みレシーブなどで怪我をする恐れがあるので、いつも教壇の付近に飲み物と一緒に置いていた。

 そうやって常に“お口の恋人リップクリームちゃん”と隣り合わせの生活を送る私だったが、ある冬の日、彼女を家に置き去りにして中学に登校してしまった。
 私がそのことに気が付いたのは一時間目の途中だった。唇がムズムズしてきたのを感じた私はいつも通りの何気ない動作で左ポケットに手を突っ込んだのだが、当然そこにあるはずの物がないではないか。リップクリームちゃんの消失でパニックになり、彼女の消えた理由を必死に考えた。
「落とした?」「連れてくるのを忘れた?」「そんなアホな、カバンの中かどこかにあるだろう」
 そうして私はカバンを漁り、学ランの全てのポケットを漁ったが彼女の姿はどこにもなかった。

「どうしたん? 何か忘れ物?」
 私が絶望の淵で立ちすくんでいると、隣の席の女子が声を掛けてきた。しめた、と私は思った。
「家にリップクリーム忘れてきたみたいなんよ……」
 私はリップクリームを忘れたというこの世の終わりにも近い絶望的状況を伝え、彼女の口から「私の貸そっか?」という言葉が出ることを期待した。じつは私はこの彼女とわりと仲がよく、私がリップクリームをよく塗っていることも絶対に知っているのだ。だがそんな私の多少の下心を含んだ期待とは裏腹に、彼女の口をついて出た言葉は私にとって意味の分からないものだった。
「へ~そうなんや」

「『へ~そうなんや』とちゃうやろ!」
 なんて人の気持ちが分からない女だ。こうなれば仕方がない、自分から言うほかない。そもそも多感な女子中学生の口から異性に「リップクリーム貸そうか?」などと言わせようとする方が卑怯だ。こっちからきっかけを作ってあげるのが筋であり、それでこそジェントルマンというものだ。反省しよう。
「悪いんやけどさ、ちょっとリップクリーム貸してくれへん?」
「えっ嫌や」

 私は失望と怒りで髪が禿げ、脳みそのシワが伸び切りそうになった。こっちはリップクリームを忘れて精神が崩壊しかけているというのに、貸さないとは何事か。とんだドケチである。
 と、私は当時本当にこう思っていた。モテないはずだ。

 こうなればもう取るべき手段は一つしかない。私は彼女に申し訳程度に一言謝ると、席を立って教師にもう今日はこれで帰る旨を伝えた。
「なんやて? なんで急に帰るんや! また一時間目やぞアホか!」
「リップクリーム持ってくるの忘れたんでもう耐えらんないです。帰ります」

 こうして私は大笑いの渦が起きた教室の扉を開け、本当に帰った。途中で一番会いたくなかった体育教師と遭遇して早退の理由を聞かれたが、正直に話して授業どころじゃないことを伝えたところ「俺のを貸そうか?」などと気持ち悪いことこの上ないセクハラ発言をしてきたので、気持ち悪い旨を伝えて立ち去った。

 こういったことがあったので、私はその後中学、高校、専門学校、職場と、自分の席がある所には置きリップをするようになった。これで忘れても安心だ。
 しかし遊びに行った時に忘れたらどうしようもない。一度友人の家で忘れたことに気付いた私はどうしても我慢できなくなり、友人のリップクリームをカッターで切って分けてもらった。さすがに男同士のリップtoリップはキツい。

 だが何の改善策も講じていないのにもかかわらず、二十五歳くらいになった頃から急速にリップクリーム依存症は薄れていった。持ってくるのを忘れても「あーまあいいか」くらいに思えるようになり、最近では一日に一回塗るかどうかくらいにまでその頻度は落ちている。
 あの異常なまでの中毒具合はいったいなんだったのだろう? 青春病の一種だろうか? メンタルが原因だと言うのなら、たしかに私は小中学生の頃はどこかおかしかったし、カナダに留学していた二十五歳頃を境にかなり真人間に変身したので十分ありえる。
 同じようにリップクリームで苦しむ人がいるなら、メンタル面を見つめ直したら治るかもしれない。

ブックマークしてくださるとめちゃくちゃ嬉しいです。
毎日19時に面白おかしいエッセイを投稿中!Twitterで投稿を告知していますので、フォローいただければ相互させていただきます。 足をお運びくださりありがとうございました。