地獄の画家卍イラストエッセイ水無

俳優として全国CMで主演を務め、入社した映像制作会社で「喋りが面白いから」となぜかYouTuberにさせられてうっかり1,000万回も見られてしまう。地獄のようなイラストを添えたエッセイを毎日公開中。書籍化したいので、皆さん応援してくださいね☆

富士山が見える家【水無のイラストエッセイ】

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 息が詰まる。周りに自然がないと目に見えてイライラするし、自分は今なんと閉鎖的な世界で生きているのだと嫌になる。
 自然に囲まれた大阪府阪南市で生まれ育ち、横浜そして東京と、関東に越して来てはや六年が経過した。

 「東京の世田谷区に住んでいます」と言うと、人は「まあなんて便利な場所に!」と言うが、車も持てず、都会の喧騒の中に埋もれて生きることの何が便利なのか私には分からない。特にこのコロナ禍ではそうだ。バイクには赤ちゃんを乗せられないし、車がないとどこにも行けない。

 近所にある自然と言えば公園かビルの屋上に植えられた植物だけで、山も海も川もない。それらを見たければ人ゴミだらけの電車に一時間以上揺られなくてはならない。車社会で育った私は、電車が大嫌いなのだ。

 最初に引っ越した神奈川県横浜市二俣川という街は都市開発の最中で、駅ビルや商業施設の開発に加え、東京への鉄道工事が行なわれていた。駅近辺にはドン・キホーテ西友があり、暮らしていくには何の不便もなかったが、家からは自然などほとんど見えず、非常に息苦しい毎日だった。

 そして三年前、結婚に伴って妻と私どちらも通勤しやすい場所に引っ越すことになった。私の職場から一定の通勤距離圏内に住めば家賃補助がかなり出ることもあり、世田谷区を選んだのだ。
 以前引っ越しについてのエッセイを書いたが、私はけっこう賃貸にはうるさい。風呂とトイレは別じゃないと嫌だし、一階だった横浜の家ではたまに虫が入ってきたのでもう二度と一階には住みたくない。鉄筋コンクリート造などの防音性に優れた物件しか選ばないし、加えて壁は全方位コンコンと叩く。ゴミ捨て場や共用部分のチェックだって怠らない。個室がないと生きていけないので、最低でも2DKは必要だ。となると、お分かりの方も多いように世田谷区ではとんでもなく家賃が跳ね上がる。私は調べに調べ、なんとかやっていける賃料の部屋を見つけて契約した。

 かなり早くから探し始めたため、家の契約は結婚式の二カ月前に締結したので私は先駆けて一人で二カ月その家に住んだ。私は古い考えの人間なので、同居を始めるのは結婚式の後でないと絶対にダメなのだ。将来娘が同棲するなどと言いだしたらおそらく発狂して相手の男の家に殴り込みに行って逮捕されるだろう。

 こうして私は世田谷の家に住み始めた。比較的高階層なので見晴らしが良いのは素晴らしいのだが、やはり周りに自然がないのは苦しかった。だがある晴れた週末、遊びに来た妻(この時点では妻になる予定の人)が窓外の景色を見ながら言った。
「あれ! 富士山が見えるよ!」
 私は驚いて彼女の後ろから窓の外を見た。するとはるか遠くに、本やテレビで見たことのある形の峰が空に浮かんでいるのが目に映った。
「東京から富士山が見えるなんて……」
 私は驚きのあまり唖然とした。背の高い遮蔽物が無いために、神奈川を通り越した先、静岡と山梨に跨る富士山の峰が我が家の窓からくっきりと見えるのだ。
 大慌てでカメラに望遠レンズを取りつけてシャッターを切ると、肉眼よりも数倍分かりやすい富士山がそこにあった。

『なんてこった』という言葉が頭の中を飛び交った。大自然の象徴とも呼ぶべき日本の霊峰が我が家から眺められるとは……。
 もちろん近辺から見る雄大な富士山とは違って点のようなわずかなものだが、それでも富士山が見えるという事実は自然を愛する私にとって少しばかりの活力となった。

 この家に越してきてはや三年。今でも私は空が澄んだ日はベランダに出て富士山を見る。朝目を覚ました後、行動を始める前にぼんやりと眺めることもあれば、夕暮れの闇に溶けていく富士山をしばらく見つめることもある。そして最近は娘を抱えて眺めることもしばしばある。

 都会は嫌いだ。だが、富士山が見えるこの家はそこまで悪くないと思っている。

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